「自分はこのチームにどうしても勝って欲しかったのだ」

作家・津村記久子さんによる、サッカーチームを応援する人々を描いた連載小説「ディス・イズ・ザ・デイ 最終節に向かう22人」が今年1月、朝日新聞(夕刊)で始まりました。毎週金曜日掲載の連作短編小説で、第1話「えりちゃんの復活」は5回で終了、3月10日の紙面で第2話「若松家ダービー」の5回目まで進んでいます。(追記)3月17日で第2話は終了、24日から第3話になります。

津村さんといえば、会社員として働きながら執筆活動を始め、仕事と向き合う特に女性の、将来への不安や人間関係といった、もやもやと割り切れない感情を丁寧にすくい取りながら、それでいて根底に優しさのある小説で知られます。現在は会社を辞めて、作家業に専念されているそうです。
連載前のインタビューによると、2015年の秋にふらっとサッカー・J2の試合を観に行ったことを機に、翌シーズンは30試合も全国各地で観戦するファンとなり、様々なチームを応援する人々が主役の物語を書くに至ったそうです。

「ディス・イズ・ザ・デイ」の舞台は、プロサッカーの2部リーグの最終節。架空の22チームを応援する人たちがそれぞれ、シーズンの最終試合を見届ける様子を紡いでいきます。
前述のインタビューで津村さんはこう言っています。

勝つか負けるかだけじゃない。最終節までの1シーズンをあるチームと過ごすことで、人生がちょっと違う方向に変わる物語を書きたい

赤の他人を応援することに、一生懸命になる。
ともすれば、不可解だとも思われる感情に、津村さんは「人生をちょっと変える」役割を添えて描こうとしています。題材はJ2ですが、「誰かを応援すること」が日常の一部になっている人の、背中をほんの少し押してくれる(あるいは撫でる、の方が的確かもしれない)ような小説を、期待せざるを得ません。

実際、第1話「えりちゃんの復活」では、そういうある種の不可解さを、敢えて作家の解釈を挟まないで、そのまま「よくわからないもの」として表現しています。
第1話は30代半ばの女性「ヨシミ」の視点で進んでいきます。地元京都のチームを5年前から応援しているものの、フロントの迷走ぶりにイライラを募らせていて、スタジアムに向かう前は「(クラブと)関わり続けることに疲れ始めていた」という心境でいます。
そんな彼女と一緒に会場へ向かうのが、東京から遠征してきたいとこの「えりちゃん」。大学での人間関係がこじれ、休学し引きこもり状態だったのですが、ヨシミに付き合って開幕戦を観たことがきっかけとなり、山梨のチームを応援するように。やがて大学に復学、遠征費やグッズ代のためにバイトも始めるなど、1シーズンの間に「復活」を遂げたのです。
サッカーの応援と言えばレプリカユニフォームを思い浮かべますが、ヨシミは「そんな気分になれないから」、えりちゃんは金銭的な余裕がないため、お互いに持っていません(第1話では特に、スタジアムには多種多様な人間がいることを丁寧に書きこんでいるように見えます。いわゆるゴール裏の住人は、今のところまだ登場していません)。

試合を見ることが気晴らしだったはずが、今は試合を見ることがストレスで、負けるたびに何かを衝動買いしてしまう。そんなヨシミは、新鮮な気持ちで応援しているえりちゃんの前で、ついつい卑屈な発言を繰り返す。試合前から、負けたときの自分に対する言い訳を探そうとする。この辺り、自分もよく似た心境に陥るので、共感を覚えます。応援を続けていくというのは、様々な可能性を予見できるようになる一方で、望む通りの結果が訪れることを、ただ純粋に信じるのが難しくなる側面もあるでしょう。

京都のチームは成績が振るわず、最終節までプレーオフ進出が決まっていません。試合展開も下位相手にチャンスをものにできず、むしろ相手の猛攻に耐える時間が続きます。しかし、試合終了間際、カウンターが決まって1点を挙げ、それを守って勝利をもぎ取ります。
試合終了のホイッスルが鳴り、あれだけチームにうんざりしていたはずなのに、ヨシミは立ち上がって拳を振り上げていました。この部分の心情描写が刺さります。

自分はこのチームにどうしても勝って欲しかったのだ、と思った。どれだけしょうもない試合をしても、でも最終的に勝つところをどうしても見たいと自分は思っていたのだ、とヨシミは気が付いた。(中略)

改めて、わけのわからない気持ちだと思った。なぜ縁もゆかりもない、勝ったからといって自分に何の利得もないこのチームに、どうしても勝って欲しいと思うのか。それはおそらく、ヨシミがこのチームを好きだからなのだけれども、そもそもどうして人間は、サッカーチーム何て言うものを好きになるのか。

スポーツを応援する気持ちについては、様々な解説・解釈が存在しますが、津村さんはそういうものに現時点では触れていません。不可解なものを、わからない、けれども、「どうしても」という強い感情を呼び起こすものとして、そのまま描いています。でも確かに、言ってしまえば赤の他人に対して、どうしても勝って欲しいと願う気持ちは存在する。

スポーツの応援というのは、勝つこと、強くあることももちろん重要な要素なのですが、単に「レベルの高いプレーを見たい」だけではない欲求がそこにはあります。「上手くなくてもひたむきに努力する姿に感動が」云々、そういう安易な言葉でまとめるのは好きでないのですが、何らかの縁があって、競技レベルや時に勝敗を超えて、声援をおくりたいという気持ちになることがあります。J2が舞台のこの小説は、スポーツの持つそういう側面に、光を当ててくれるんじゃないかな、と。

連作短編なので各話ごとに登場人物が違うため、図書館などで最初から振り返るもよし、第3話から読み始めるもよし。応援することが好きな人には、響くものがあると思います。

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