私はオールスターで小川貴史選手を見たいんだ。

前回、それなりに真面目に考えて、今季の試合での活躍をベースに考えるVチャレンジ男子1のオールスター投票先おすすめ選手をご紹介したのですが。

実はですね、今季は試合に出ていないのですが、それでもオールスターに推したい選手が1人います。

DSC_4296.JPG

そう、大分三好ヴァイセアドラーの小川貴史。

「誰?」と思ったそこのあなた。この後ご紹介するのでちょっとお待ちください。

「あれ、小川さんは引退したんじゃないの?」と思ったそこのあなた。
その、説明が難しいのですが。大分三好が「小川貴史は現役引退しました」と公示したことはなかったはずです(さすがにファンイベントでの発言まで確認はしていませんが……)。Vリーグの出場選手登録も残っており、「選手兼監督」の扱いになっています。ただし、14/15シーズンに監督に就任し、チーム公式サイトの選手一覧からは名前が外れました。監督就任以降、公式戦での出場はありません。
チーム内部でどういう扱いになっているのかは、外からはわかりません。ただ推察するに、監督就任当初は「来たるべき日にもう一度コートに立ってもらう」という予定で、登録を残していたのではないでしょうか。

しかし。来たるべき日は訪れず、小川がユニフォームを着ることはないまま、3シーズンが経過しようとしています。現在38歳。年齢的な面に加えて、3年実戦から離れているというブランクはとても大きい。
このまま、来たるべき日の到来を願い続けるだけでよいのだろうか。オールスターという祭典がVリーグ機構の実績作り……じゃなかった、バレーボール日本リーグ50周年の節目に開かれるにあたって、大分三好という、Vリーグを巡る光と影を経験したチームの中心に立ち続ける、この表彰されない功労者にスポットライトを浴びてもらうとしたら、絶好の機会ではないだろうか。そんなことを考えてしまうのです。

「誰?」と思いながら読み進めていた皆さん、お待たせしました。そんな小川貴史という選手と、大分三好というチームについて、簡単にご紹介します。

ものすごいざっくりいうとこんな感じです。
・オポ・サイドに加えてミドルまでこなす器用な選手
・大分三好に入団して14年。大半の期間をキャプテンとして率いた
・今で言うチャレ2に参戦してわずか3年半後にプレミアの舞台に立つような超スピード昇格を達成
・プレミアでは苦戦し、今のFC東京みたいな位置付けだったけど、ひたむきに戦う姿が人気を集める
・4年前にチャレンジ降格。1年後、自身は監督業に専念、プレミア再昇格を目指し現在に至る。
・大分三好のこの15年間の悲喜交々を最前線で受け止めてきた、まさに生ける伝説

BEHuSOqCEAAGBVI.jpg

1978年生まれ、長崎市出身。長崎南山高校を経て鹿児島県の鹿屋体育大学に進学。ビーチバレーで活躍したのち、2003年度に三好循環器科EKG(後に大分三好ヴァイセアドラーと改称)に加入します。
三好EKGは2004年の第23回地域リーグ(現在のチャレンジ2に相当)に参戦し初優勝、V1リーグ(現在のチャレンジ1)との入れ替え戦でも勝利し昇格します。小川はオポやサイドとして全試合にフル出場、当時から主力として貢献しました。
次のシーズンはキャプテンに就任し、V1リーグ参戦2シーズン目で早くも優勝。Vリーグ(現在のプレミア)との入れ替え戦では敗れたものの、対戦相手が廃部になったため、欠員補充の形での昇格が決まりました。地域参戦からわずか4シーズンでプレミアの舞台に立つという、類を見ないスピード出世でした。

しかしながら、プレミアではやはり苦戦が続きます。06/07シーズンから12/13シーズンまでの7シーズンのうち、最下位を免れたのは1回だけ。毎年チャレンジマッチに回りました。
そんな見通しの明るくない中でも、小川はキャプテンとして、チームの成長の期待を持ち続けていました。07/08シーズンの入れ替え戦。FC東京に勝って残留を決め、試合後インタビューで「ファンの皆さんに一言」と振られた小川は、「ちょっとマイク貸してもらっていいですか」と自ら手に取って、客席を見上げて言いました。「入れ替え戦で勝つことがゴールじゃないです。僕らの目標は、リーグで1勝でも2勝でも多く勝って、強くなっていって、優勝を目指せるチームになることです。これからも応援よろしくお願いします!」
会場にいた全俺が(FC東京伊東がガチで落ち込んでるのが視界に入ってるのにもかかわらず)目頭を熱くした場面です。

プレミア時代前半はサイドアタッカーとして、後半は主にミドルとして起用され、途中出場の場面ではコート内の空気を変えるような、ベテランらしい仕事ぶりを見せていました。チームの顔として、他チームのファンからも応援されるような存在になっていきます。

けれども他チームとの戦力差はなかなか縮まらず、08/09シーズンにはチャレンジマッチでFC東京に敗れて一度は降格が決まりました(直後に廃部が出たため降格回避)。そして12/13シーズン、ジェイテクトと対戦した結果、得点率の差で下回り、降格することとなります。コート内で頭を抱えてうずくまっていた選手らを引き起こしに行ったのは、やはり小川でした。
主力選手は去り、チームの立て直しを迫られて迎えた13/14シーズンのチャレンジリーグ。一時はチャレンジマッチ進出も危うい状況に追い込まれるなど、一度落ちてしまうと戻るのはずっと難しくなることを痛感します。再昇格はかなわず、プレミア時代からチームを指揮してきた古田監督は退任。小川が監督の座に就かざるを得なくなりました。これ以降、彼はユニフォームを着て公式戦のコートには立っていません。

大分三好が少し特殊なのは、プレミアで負け続けても、チャレンジに降格しても、チームが続いていることです。旧Vリーグ含むVプレミアの男子チームは、勝てなくなる、2部落ちが視野に入るとなると、ほとんどが廃部を選んできました。弱体化の背景としてそもそも会社の業績悪化が存在するケースが多かったからですが、ブランドイメージに寄与しないならお金をかける意味が無いという判断は、ファンの側としては寂しいですが、経営者側の考えとしては合理性があるとも言えます。大分三好は個人経営の病院が母体で、院長が無類のバレー好きだからこそ、そういった企業とは別の選択ができていると言えます。

一方で、選手の流動性の面ではクラブチームに近いものがあり、このチームで続けるのか、別のチームに移籍するのか、将来のことを考えて新たな道へ進むのか、選手それぞれの判断で選んでいきます。所属するメンバーはどんどんと変わっていきます。昨シーズン終了後には7人の選手が去りました。そういう環境の中で、本人だけで全てを決められない事情も存在するのかもしれませんが、「大分三好の屋台骨を支える」という選択を続けているのが、小川貴史という人物なのです。

こういうチームがあること、こういう選手がいること、自分はそれをとてもとても、ありがたいことだと感じています。

繰り返しになりますが、小川は今季どころか、3シーズン試合に出ていません。体の衰えも顕著になってくるアラフォー世代で、コートでのパフォーマンスには率直に言ってあまり期待できないでしょう。
けれども、彼はやはり、スターだと思うのです。地域もV1もVリーグも経験して、日本バレーボール界の一つの時代を、波乱だらけの新興チームの一員として駆け抜けてきた、泥だらけのスターだと思うのです。
本人がどう感じるかという気がかりは当然いくらかあるのですが、「あなたはスターなんだ」と言えたらな、と思うのです。現在のチーム順位でいけば、監督かコーチとしての出場の可能性が高いですが、そうじゃないんだ、ユニフォームを着ている小川がもう一回見たいんだよ。リーグのスターたちに囲まれている小川が見たいんだよ。

はいここまで読んでくれてありがとう。投票方法の確認だ!
小川は試合に出ていない(しつこい)ので、デフォルト表示の一覧にはありません。検索欄に「小川貴史」と入力して選択しましょう。なおVチャレンジリーグ、小川姓が4人くらいいるので間違わないように。大分三好の選手です。ポジションが悩みどころで、ミドル(かワンポイントブロッカー)のイメージも強いのですが、個人的にはウィングスパイカーがいいんじゃないかと思います。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中